このページはあたくし、放浪癖もち女子izuの
地球ふらふら滞在&旅行記でございます。
小さな頃からの遺跡好きが高じ、
☆2001年8月にはタイ
☆2002年の2〜3月には初一人旅タイ・ラオス・カンボジアへ


☆2004年6月〜2005年3月の10ヶ月間、ヨーロッパをふらふら


☆2005年の夏にはギリシャ・カタールをぷらぷら


時にはボランティアスタッフ
時にはバックパッカー
時には現地にふらりと住みこんでみたり
遺跡掘ったり、お祭り開催したり
オリーブ摘んだり、薪割ったり
そんな私の旅の記録をぼちぼち気が向いたとこから
順不同に更新しております
海外ボランティアしたい人も
旅したい人もプチ海外生活したい人も
ちょっと覗いていってくださいな♪
次の旅に出るまでには全部アップできたらいいなあ・・・(遠い目
☆右のカテゴリーから国別日記に飛べます☆→
地球ふらふら滞在&旅行記でございます。
小さな頃からの遺跡好きが高じ、
☆2001年8月にはタイ
☆2002年の2〜3月には初一人旅タイ・ラオス・カンボジアへ


☆2004年6月〜2005年3月の10ヶ月間、ヨーロッパをふらふら


☆2005年の夏にはギリシャ・カタールをぷらぷら


時にはボランティアスタッフ
時にはバックパッカー
時には現地にふらりと住みこんでみたり
遺跡掘ったり、お祭り開催したり
オリーブ摘んだり、薪割ったり
そんな私の旅の記録をぼちぼち気が向いたとこから
順不同に更新しております
海外ボランティアしたい人も
旅したい人もプチ海外生活したい人も
ちょっと覗いていってくださいな♪
次の旅に出るまでには全部アップできたらいいなあ・・・(遠い目
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私が旅に出た理由。
私は自他共に認める遺跡フェチ。
幼き頃は古墳を遊び場にし、
夏休みを利用して、近畿の古墳はまわりつくしました。
世界ふしぎ発見では小学生ながらに
常にまことくんを上回る正答率!
10歳の時、NHK特番で
雨のアンコールワットに一目惚れし、
いつか絶対にあの場所へ行くんだ、と決意。
常に周囲にも公言していたため、高校1年の時には
誕生日にアンコールワットの本をもらった程です(笑
そして19の春、念願のカンボジアへ!
タイ・ラオス・カンボジアの3カ国を一ヶ月かけて回りました。
初めての一人旅でした。
シェムリアップ(アンコール遺跡群から最も近い街)
には2週間近く滞在。
ひったすら遺跡群を回ってました。
いくつもの朝日と夕日が忘れられません。
こうして世界の遺跡を回るうちに、どうしても遺跡が掘りたくなってきた!
そこでなんとか素人でも遺跡を発掘することはできないか、
と奔走したわけです。
わたくし、大学では考古学とは全く縁のない学問を学んでおります。
素人が海外遺跡の発掘に携わることはかなり難しい。
ですから、半ばかなわぬ夢かなぁ、とも思っていたのですが・・
運良く遺跡発掘に携わることのできる
ボランティアプロジェクトを見つけることができたのでした。
労働力を提供する代わりに宿泊と食事を提供してもらえる
プロジェクトを掛け持ちすることにしたのです。
それが世間一般には「ボランティア」と呼ばれるものだったわけ。
突然降って湧いたお話でしたので、もうてんやわんやでした。
渡航手続きやらエアチケットやら保険やら親の説得やら休学手続きやら。
どたばたしながらも資金を稼がねばならずいっぱいいっぱい。
今思えばよく間に合った!
まあそんなこんなで親と学校を騙し(笑
無事、一年間の旅に出ることになったわけです
とはいえもちろん一筋縄にはいかず、
ボランティアプロジェクトに参加できない事態になり
ひたすら放浪の日々になったりもするのですが・・・・
これはまた、読んでのお楽しみ♪
私は自他共に認める遺跡フェチ。
幼き頃は古墳を遊び場にし、
夏休みを利用して、近畿の古墳はまわりつくしました。
世界ふしぎ発見では小学生ながらに
常にまことくんを上回る正答率!
10歳の時、NHK特番で
雨のアンコールワットに一目惚れし、
いつか絶対にあの場所へ行くんだ、と決意。
常に周囲にも公言していたため、高校1年の時には
誕生日にアンコールワットの本をもらった程です(笑
そして19の春、念願のカンボジアへ!
タイ・ラオス・カンボジアの3カ国を一ヶ月かけて回りました。
初めての一人旅でした。
シェムリアップ(アンコール遺跡群から最も近い街)
には2週間近く滞在。
ひったすら遺跡群を回ってました。
いくつもの朝日と夕日が忘れられません。
こうして世界の遺跡を回るうちに、どうしても遺跡が掘りたくなってきた!
そこでなんとか素人でも遺跡を発掘することはできないか、
と奔走したわけです。
わたくし、大学では考古学とは全く縁のない学問を学んでおります。
素人が海外遺跡の発掘に携わることはかなり難しい。
ですから、半ばかなわぬ夢かなぁ、とも思っていたのですが・・
運良く遺跡発掘に携わることのできる
ボランティアプロジェクトを見つけることができたのでした。
労働力を提供する代わりに宿泊と食事を提供してもらえる
プロジェクトを掛け持ちすることにしたのです。
それが世間一般には「ボランティア」と呼ばれるものだったわけ。
突然降って湧いたお話でしたので、もうてんやわんやでした。
渡航手続きやらエアチケットやら保険やら親の説得やら休学手続きやら。
どたばたしながらも資金を稼がねばならずいっぱいいっぱい。
今思えばよく間に合った!
まあそんなこんなで親と学校を騙し(笑
無事、一年間の旅に出ることになったわけです
とはいえもちろん一筋縄にはいかず、
ボランティアプロジェクトに参加できない事態になり
ひたすら放浪の日々になったりもするのですが・・・・
これはまた、読んでのお楽しみ♪
12時発のマレーシア航空で旅立ち自宅から関空までは二時間ほど。
7時に自宅出発です。
そこへ早朝にも関わらず、
高校時代の空手部の面々が見送りの為
自宅前に大集合してくれました!
元空手部とは名ばかり、
私はたった3ヶ月で部をやめた人間
そのくせ卒業旅行にまで便乗させてもらい・・
ほんとあったかいんです、空手部!
IHにまで行っちゃうような、
つよーいおんなのこたちなんだけれど
そんな風には全く見えない、
かわいらしいおじょうさんたちなの。
でもやっぱりメンタルが強いのでしょう、
みんなそれぞれ個性的で自分の道を進んでいて、
いつもたくさんの刺激をもらっています。
素敵な寄せ書きとイラストの書かれたハンカチまでもらってしまい、大感激!
みんな、ほんとうにありがとう!お守りとして持ち歩くよぅ!
そして関空にて
お見送りに来てくれていたみんなともいよいよお別れ
わざわざ関空まで来てもらって、お餞別までたっくさんいただいて
あたしゃ仕事に行くわけでも、留学するわけでもなく
ただふらり遊びに行くだけなのに、なんだか申し訳ないですっ
ありがとう〜みんな〜
あたし、お別れって寂しくはないのですよ
永遠のお別れ、
というものをまだ経験したことがないからなのかもしれないのですが
あたしにとって別れとは前向きなものなのです
だから涙することもなく、さわやかに笑顔でお別れしたのですが・・
機内で席に着き、貰った手紙を読み
やられました
号泣ですよ
あたしは今までの人生でくやし泣きか、
うれし泣きしかしたことないという天の邪鬼。
なのに、やられましたっ。
で、号泣してる時に限って
普段はちょっとそっけないお局様から電話が
またまたびっくりしつつ感動してしまい大泣きで応対
思ったより早い空手部ハンカチの出番です!
ずるずる鼻水をぬぐい、
お隣のおねえさんの冷たい視線を浴びながら
もなんとか離陸いたしました
6時間にわたるクアラルンプールへのフライト
ちなみに記憶は全くございません
ひたすら大爆睡
機内食逃しました・・悔しい・・
6時間のフライトを経て、マレーシア・クアラルンプール空港到着
暑い・・・暑いっ!
空港内にいても感じる
このじとーっとした
東南アジア独特の湿気、そしてにおい。
これは、私にとっての
「旅」のにおいでもあります。
これまでの旅がいつも
アジアメインだったせいでしょう。
いよいよ旅が始まったんだなあと改めて実感。
ロンドン・ヒースロー空港への乗り換えのため、
これからこの空港で9時間待たなければなりません。
でも、一人遊びは私の得意分野。
早速うきうき空港内を探索です。
ぐるぐる回って気づいたのですが
この空港の設計、なかなか素敵なんですよ。
中央が円形の建物になっており、
そこから放射線状に各搭乗口への通路が伸びています。
その通路の設計が、もう秀逸!
天井がアーチ型のガラス張りで
ライトが星空のように配置され、
さらにそのライトがフロアにも反射。
無数の光が輝く宇宙空間の様なのです。
匠のワザですなぁ。
思わずぼんやり見入ること30分。
使い捨てではない、意思を含んだ建築物。
日本にももっと増えて欲しいものです。
そうこうしている内にいつの間にやら夕暮れ時。
窓から眺めたアジアの夕日。
しばらく見れなくなるんだなあと思うと、
少しだけ、寂しくなりました。

13時間にわたるフライト終了。
隣の席のおじさんがかなり香る・・
というか臭かった!(泣)ので
思うように爆睡できず、
飛行機好きの自分にしては珍しく
ちょっと辛いフライトでした。
待ち時間を含め
合計27時間の道程を経て
ようやくイギリスに到着。
厳しいと有名な入国審査も無事通過。
イギリスでは4週間、語学学校に通う予定です。
さっそくイギリス南部の海沿いの街、Brightonへ。
今回は初のヨーロッパ、
あたしは英語がまったくできません。
さらに時間通りにホームステイ先に
到着しなければいけないという訳で
送迎サービスをお願いしておきました。
空港まで来てくれた送迎のおじさんと共に
車でホームステイ先へ向かいます。
イギリス
道がやたら広いです。
ラウンドアバウト、好かんです。
ラウンドアバウトとは環状交差点のこと。
交差点が、円形なのです。
だから直進する場合でも円を半周しなければなりません。
曲がる時にはさらにぐーるぐると回るハメに。
車酔いのひどいあたしには嫌がらせのようなシステム・・
ぐるぐるしながらようやくホームステイ先に到着。
家の前でホストファザーが待っていてくれました。
もう60代くらいと思われる彼ですがガタイが良い!
無駄にでっかい私の荷物を運んでくれました。
案内されたのは小さいながらも清潔でかわいらしいお家。
イギリスなのに、家の中は土足厳禁なのかあ・・
と驚きながらお家に入ると、
ホストマザーと思われる女性と若い女の子が一人。
おたおたとままならない英語でご挨拶。
マザーは少し神経質そうですが、上品なお方。
留学生の受け入れには慣れているようで
てきぱきとお家について説明してくれます。
どうやら女の子はホストメイトのようです。
スウェーデンから来たという19歳の女の子。
なかなかフレンドリーな子でほっと一安心。
荷物をまとめて、さっそくBrightonの街へ。
この街はイギリスの中でも
ちょびっと上流階級な人々が住む街らしい。
Mr.Beenでおなじみのローワン・アトキンソンもご在住とのこと。
街の建物は白が基調
ショッピング街も充実(但しチェーン店のみ)
中心街には謎のインド風宮殿
海上の桟橋には微妙な遊園地
海辺には無駄に装飾の入った屋根付ベンチ
ビーチリゾートってやつですね
さて、始まりました英国・Brighton生活。
この街では4週間語学学校に通います。
その後はスペインにて
ボランティアとして働く事がすでに決定
場所はスペインですが使用言語は英語。
4週間で私のこの貧弱な英語力を
なんとかしなければ!
もともと追いつめられないと
何もしないタイプなのであえてこういう状況に追い込んでみました。
私の学校はBrightonの中心部にほど近い
小規模な語学学校。
少人数制でアットホームな雰囲気です。
日本からエージェントを通すと手数料がかかるため、
ネット上で入学手続きを完了させておきました。
つたない英語でもなんとかなるものです。
ネットだけで申し込みできるなんて
いやあ、ほんと便利な時代だわん。
日本のエージェントを通していないためか
この学校、日本人が少ない!
私が通い始めた時点で4人しかいませんでした。
全体で80人くらいだったので約5%の日本人率。
Brightonの街を歩いているとそれはもう大勢の日本人を見かけます。
その確率から考えると、驚異的な日本人の少なさ。
他はスペイン人、イタリア人、もしくは南米からの生徒がメイン。
東欧、中欧や中東からの生徒もいてバラエティに富み
短期集中で勉強するにはいい環境です。
そーいやドイツ資本なのにドイツ人はあんまりいなかったなあ・・。
まあ、彼らにとって英語は簡単すぎる言語」らしいので
わざわざ物価の高いイギリスまで来る必要はないのかも。
この語学学校、少人数制なのはいいのですが
規模が小さいせいか組織されておらず
私が滞在した、たった4週間の間に
担任の先生が3回も変わりました(ありえない!)
しかも先生同士が引き継ぎをきちんと行っていないようで
授業の内容はばらばら・・。。
金をもらって働いているのだから
引き継ぎくらいきちんとやって欲しい!
・・・とか思いつつも、まだまだ
「文句の言えない日本人」だったあたし(泣
何も言えず「どうせあと1週間しかないし!」
と開きなおり、収穫の無い学校の授業よりも
自習をメインに自身で黙々と勉強しておりました・・
私のいた時期がたまたま先生の入れ替わりが激しい時期だった、
ということもあるので運が悪かったようです。
しかし、ほんとに学校選びは難しい!
当初、私は留学を予定しておらず、
ボランティアでの活動のみが決定していました。
ところが出発前のアルバイトにより
予想以上の資金が得られたので、
急遽語学学校に通うことに。
学校を比較検討する間もなく決めてしまったのです。
まあ、この学校に関しては、
たまたま先生の退職の時期に重なってしまったのが運のツキで、
静かな環境で落ち着いて勉強したかった私には
まあ「当たり」の学校だったかな。
これから留学される皆様、
これぐれも学校選びは時間をかけて慎重に!

私の住んでいるBrightonから
Londonまではバスで2時間ほどの距離。
基本的に都会が苦手な私。
できれば行きたくはなかったのですが
ボランティアプロジェクトの手続きの為
何度か足を運ぶ羽目に。
日本を出発したのは6月、
語学学校が終了したのは7月頭。
8、9月にはスペインとフランスでの
ボランティアへの参加が決定していますが
それ以降の行き場は確定していないのです。
その後の行き先として事前に予定していたのは
イギリスにある福祉系団体。
老人ホームや精神疾患施設でのボランティアです。
ですがこのプロジェクト、労働内容からもわかるように
誰でも働けるわけではありません。
無犯罪証明書の提出を始め、いろいろと面倒な処理がたくさん。
面接を受ける必要もある為、日本から個人での申し込みは不可。
個人で申し込み希望の場合は
日本の代理業者を通さなければいけません。
団体指定・正規代理業者を通してもなぜか40万円かかるのです!
業者側はその費用の内訳を
面接者誘致費・海外旅行保険・広告費・手数料etc・・と公表。
しかしその額がどう考えても高すぎる、納得できない。
そこでイギリスに滞在する4週間の間に
直接ロンドンの本部オフィスを訪ね、
自分自身で手続きを行うことに。
その為ロンドンへ行くことに。
しかし毎回オフィスに行くだけで全く観光できず。
イギリス、しかも都会!
田舎者のあたしはどぎまぎすること必至です。
ビック・ベンくらい見ておけばよかったなあ・・
結果的に面接にも受かり、その団体でのボランティアがほぼ決定。
・・・していたのですが、最後の最後に渡された一枚の用紙。
そこには「友達・親族以外で英語の話せる保証人を2人挙げろ」
・・・友達と親族以外の知り合いって、誰が居るんだ?
疑問に思ってスタッフに尋ねたところ
「普通は神父様か牧師様にお願いするものなんだよ」
との答え。
えええええ!しんぷさまぁー?ぼくしさまー?
そっかあ、そう来るのね!なるほど・・
異文化での宗教観に興味もあって、
イギリス滞在中に何度か教会を訪ねたこともありましたが
正直、あたくしイエス様を全く信じておりません。
そんな身で保証人をお願いするなんてことはもちろんできず・・
ここはきっぱりとこの団体で働くことをあきらめました。
ホストファミリーや語学学校の先生にお願いすることもできたのですが
私は自分の行動の責任を誰かに負ってもらうのは大嫌いなのです。
事前にいくつか他の団体にもアプローチしていたので
旅をしながら9月以降の仕事を探す事にしました。
とはいえやはり行き場が決まっていないのは少し不安・・
これからあたし、9ヶ月生きて行けるのかしらん?
ロンドンを歩くときはいつも一人。一抹の不安を抱えながら歩いてた。
そのせいか、なんだかロンドンには
いいイメージを持っていないのです。
明らかにロンドンのせいではないんだけどねぇ。
ロンドン好きの皆様、ごめんなさいー

やっとこさ更新です
ご心配いただいたみなさま
ごめんなさい
古い方の日記は放置いたします
こちらのほうが更新しやすいので
おねえさま
おしえてくれてありがとう!
英国に来てはや3週間
この短期間で3回も訪れたお気に入りの場所
住んでいる町から一時間半くらいのところ
日本にいるとき写真を見せてもらって
ぜひとも行ってみたいと思っていたのだけれど
想像通り素敵なところ
断崖絶壁がけっぷちです
崖のむこうは海
崖のこっち側は大草原
ひつじがたっくさんいます
かのダイアナ妃がこのあたりで
自殺を図ろうとしたらしい
ほんでもって1ヶ月ほど前
ドイツ人女性が落っこちたらしい
ずっと芝生が広がっていて
いきなり崖なので
日々ひつじも落っこちているようです
あと一週間しかこの町にはいないのですが
あと一回は行きたいなあ
30kgはあろうかという超巨大バックパックを背負い、
いよいよ旅立ち。
何がそんなにつまっているのかというと
大量の本(辞書、参考書類)
パソコン、そして
一年分のコンタクトレンズ(泣
これがね、ものすごくでかい。
80リットル登山用なのです。
「これ、女の子では絶対無理です!!
かろうじて背負えても階段上れませんよ!」
と必死で止めるお店のお兄さんを振り切り購入。
お兄さんは、正しかった・・
これ、普通に背負うと、立ち上がれない。
というかそれ以前に持ち上げられない。
まずはバックパックを椅子の上に置き
その椅子に自分も座ってバックパックを装着。
で、いちにのさんで立ち上がるしかないのです。
もうここまでくると重いを通り越して、痛い。
そして吐き気がしてくる・・
こんな大荷物を持って旅をするのはさすがに不可能。
そんな私の事情を察した日本の友人が、
荷物の一部を置かせてもらえるということで
あらかじめヨーロッパ在住のお友達を紹介してくれていました。
パリでシルバーアクセサリーを作っているおかまさんです。
「あいつ(おかまさんのこと)は絶対あたしに惚れてるわ!
どの程度惚れているのか潜入取材してらっしゃい!あたしの身の安全の為にもね!」
と日本の友人(←彼も男)に指令を受け、派遣されることに。
それにしても
旅においての大荷物は全てを萎えさせます。
荷物がでかくて重いとフットワークも重くなる。
新しい街に着いた時にはもうふらふらで
良い宿を探す気力なんてなくなるし、
納得のいかない宿でももう決めたくなってしまう。
宿に荷物を置いたら爆睡コースで
どこかへ行く気もなくなってしまいます。
体力的にもキツいのですが
パソコンなど貴重品と共に旅すると
何よりも精神的にくる!!
常に荷物に縛られながら、
制限されながらの旅は楽しさ半減。
ですから、おかまさんの申し出は
ひじょーにありがたいものでした。
というわけで、まずはイギリスを脱出し、パリへ向かいます。
超ヘビー級な荷物を背負い、
ホームステイ先からBrigtonのバス停に向かうだけでもうくたくた。
吐き気と頭痛に襲われ、この辺りの記憶は定かではありません。
ロンドンに向かい、国際線のバスに乗り換えます。
ビクトリアコーチステーションにて
バスを待っていたのですが・・・来ない。
乗車予定時刻を1時間すぎても・・来ない。
1時間半がすぎ・・やっとバス到着です。
まあ、時間通りに来ないのは良いのですが
バスとはいえ国際線なんだから
アナウンスぐらいあってもいいのでは・・
と思いつつ乗車。
バスはぶるんぶるんと発車。
なかなかの乗り心地です。
荷物を運んで歩いただけで
もうくたくただった私は速攻で爆睡。
気づいた時にはドーバー海峡でした。
バスごとフェリーに乗り込み、
船内のソファーでインド人のお兄さんたちと爆睡。
気づいたときにはフランスに着いていたので
どのくらいの時間乗船していたのかわかりません(笑

そして朝6時頃、パリに到着。
半分眠った状態のまま、
パリの中心から遠く離れた
メトロの駅に降ろされます。
早朝の為か、辺鄙だからなのか、
駅員さんすらいない。
だーれも、いない。
・・・はて
ここはどこだ。
どうやっておかまさん家まで行けばいーのだ。
パリに来たというのに一冊のガイドブックも持っていなかった私。
だってバックパックは辞書や教科書でいっぱいで
ガイドブックを持つ余裕がなかったのです。
途方にくれる私。
だーれもいない駅。
そこへ、一人の人間が!
よーく見てみると、あきらかに日本人!!
らっきー!!
ここぞとばかりにすがりました。
どうやら同じバスに乗っていた人らしく、
パリに滞在中で、
イギリスへ小旅行に行っていたとのこと。
本当に親切な方で、
目的地までの行き方を教えてくれ、
さらにはポンドしか持っていなかった私(バカ)に
ユーロコインを恵んでくださいました。
いやー、よかった。
無事切符も購入し、メトロに乗り込む。
そして目的地、Hotel de ville駅に到着。
地上に出てみるも、人っ子1人いません。
道はひろーいのに、お店もたっくさんあるのに、誰もいない。
人のいない都会は結構素敵ねえ、
とか考えながらおかまさん家を探す私。
ちなみに上の写真は人っ子ひとりいないHotel de villeです。
今思うと、単に日曜日の早朝だったから人がいなかったんですね。
でも当時はわかっちゃいなかった(笑
日本を出る時に友達が作ってくれた
駅周辺の地図をたよりにおかまさん家を探します。
友達の地図による素晴らしいナビにより、
全く迷う事無くおかまさんのお宅に到着。
パレでも有名なゲイ地区であるマレ。
お洒落なお店が多い事でも有名です。
そーんな一等地にあるおかまさんのフラットは
レトロな雰囲気ただよう素敵な建物。
おかまさんと私は、この時が初対面。
ちょっとどきどきしながら建物に入ろうとしたのですが・・
ドアが空かないっ!
パリのアパートメントって、
建物内部玄関口の大きなドア自体にロックがかかっていて
決められたコードを押さないと開かない仕組みになっているのです。
つまり、建物自体に入れない。
くそう、こんなにレトロでかわいらしい建物に
そんなハイテクな機能がついているとは思わなんだ!!
しかもインターホンはついておらず・・
さてどうしたものか。
中に入れず途方にくれていると突如ドアが開き
中からフランス人のおねえさんが!
どうやら今からお出かけで、中から鍵を開けたようです。
またもや、らっきー!!
お姉さんの脇を笑顔ですりぬけなんとか侵入成功。
おかまさんのお部屋に向かいます。
こんなにレトロでかわいらしい建物だけれど
ハイテクなエレベーターがあったりするんじゃないか!
と思ったのですがそんなものはもちろんございません(泣
半泣きで、ぷるぷるしながら階段を上ります。
ようやくおかまさんのお部屋に到着。
いよいよ潜入取材開始です!
ぴんぽーん
「はーい」
がちゃ
「いらっしゃーい」
出迎えてくれたのはとっても綺麗でかわいらしいおねえさん。
「うぇっ・・・?おかまさん?」

無事、友人の友人である
おかまさんの家に到着した私。
しかし出て来たのは
綺麗な女の人。
・・・・・
どう考えても女です。
可愛すぎます。
およおよとうろたえていると、
背後から一人の男性が。
「あら〜ん、いらっしゃーい!!」
!!
「どーぞ、あがって〜☆」
・・ほっ
いやー、さっきのお姉さんは
おかまさんのご友人だったよう。
あんなに可愛いおかまさんだったら
あたし女でいるのが嫌になってしまいます。
・・・・よかったぁ。
そしていそいそとお部屋にお邪魔する私。
突然押しかけた私にさらっとお茶の用意が。
さりげないもてなしが素敵です。
先ほどのおねえさんは
日本で雑貨屋さんを経営する店長さんで
ちょうどパリへ仕入れに来ていたところ。
もちろん、生粋の女子でございます。
その後、初対面にも関わらず3人で意気投合し
それはもう大盛り上がり!
初めて会った気が全くしませんでした。
おそらく5、6時間以上はノンストップで話し続け
その日は荷物を運んでくたくただったので
そのまま寝かせてもらうことに。
このお家、本当に居心地がいいんです。
ホームステイ先はちょっとした事情で
あまりリラックスできなかったのでもの凄くうれしい!
なんだか、ひさしぶりにぐっすり眠れた夜。
今日はパリからドイツ・ケルンへ。
ケルンに留学中の
幼なじみに会いにいくのです。
私のイギリス渡航後
彼女がケルンに居る事が突如判明(笑
というわけでいきなりドイツに行く事に決定!
彼女は東京、私は京都の大学に進学。
その為日本でもなかなか会えず、約3年ぶりの再会です。
パリ〜ケルン間はタリス号という高速電車に乗れば
ベルギー経由でたったの2時間。
ネット上でチケットの予約もできちゃいます。
経路は同じでも時間によって値段が変わってくるので
値段の安かった早朝の便で行く事に。
事前に予約しておいたので40ポンド☆
前日の夜に夜更かししてしまい
朝、寝坊しながらもドタバタしつつなんとか乗車。
席に着き、ほっと一息。
値段もお高めの高速列車とあって、車内も豪華。
ワインレッドの車体にゆったり広いシート。
ただでさえヨーロピアンサイズは大きいのにさらにでかい!
のんびり窓の外の景色を眺めながらケルンへ向かいます。
私、この移動の時間がだいすきなんです!
正直、観光はあまり得意ではなく、
旅においては移動と遺跡でのお昼寝が一番の楽しみ。
インドア派なんだかアウトドア派なんだかわかりません。
うきうき電車の旅を楽しんでいる間にあっと言う間に2時間が経過。
あれ。
まだ、フランスじゃないですか。
・・・・まあいっか。急いでないし。
ということでまたボーっとしていると1時間経過。
あら。
まだベルギーじゃないですかっ。
・・・・まあいっか。こんな綺麗な列車に長く乗れるんだし。
まあ、私はただの観光客なので
別に1時間くらい遅れようが何の問題もないのですが
何が驚きって、同じ車内に居合わせた現地のサラリーマンの皆様。
全く焦っておらず、携帯電話で連絡を入れる人すらいない。
いやー、のんびり。
うー、こんな環境で仕事したいっ!!
ちなみにフランスには週35時間以上働いてはいけない
という法律があります。
なんとそれ以上働くと罰せられてしまうのです。
それに加えて年5週間の有給休暇。
いわゆるバケーションってやつです。
まあ、個人の労働時間が規制されているせいで
土日にはお店は閉まってしまうし、
スーパーも夕方にはぜーんぶ閉まる。
首都・パリでさえそうなんです。
日本の便利な生活からは想像もできないですが
おひさまと一緒に生きている感じがして、私は大好き。
ただ、旅している時にはちょっと辛いですけど・・
自動販売機もないし、かなりひもじい思いを何度も経験しました(笑
食べ物ならまだいいけど飲み物が手に入らないのは辛い(泣
ちょっと話がそれましたが、
そんなこんなで約2時間遅れでケルンに到着。
駅まで幼なじみがお迎えに来てくれました。
感動の再会!
いやー、まさか日本から彼方ドイツの地で再会するなんて!
感激もひとしおです。
ケルンの街をちょろっと周り、さっそく彼女の住む街へ。
ケルンのすぐ外にあるエッフェルンというところ。
学生さんがたくさんいる街です。
彼女はフラットに住んでいて、これがまた広い!
お部屋にお邪魔して、荷物を整理。
・・・していると・・・
ちゃり
ん?鍵だ。
ああ、そうそう、これ、おかまさん家の合鍵だ。
・・・
ちゃり
あれ?もういっこ・・・
・・・
・・・
げっっっ!!
なんとおかまさん家の鍵、
二つとも持って来てしまったのです!
これではおかまさんが外に出られない・・・
焦りながら早速おかまさんに連絡。
すると
なんとおかまさんも気づいていなかった。
ほっ
今日は制作に集中していたので
アトリエから外出しなかったのこと。
でもケルンには4日ほど滞在する予定。
さすがに4日間おかまさんを
アトリエに閉じ込めるわけにはいきません。
というわけで、明日の早朝、
またもやパリへとんぼ帰りすることに(泣
おっちょこちょいにも程がある・・
ちなみに次の日、
ケルンからパリへ行きおかまさんに鍵を返し、
その足でまたケルンへ。
日帰りでフランスードイツ間往復してしまいました・・
えへ。
プロフィール






